みなさんはリマインダーという言葉を知っていますか?
リマインダーとは、「思い出させる」や「気づかせる」という意味があり、言葉自体を知らなくても日常生活で使っていたりします。例えば、スーパーに買い物に行くときに、買わなければいけないものを事前にメモして買い忘れを防いだりします。このメモ書きがリマインダーです。仕事や学校に行くために朝、目覚まし時計をかけるのもリマインダーです。
リマインダーは、人の「未来にしなければいけないことを忘れてしまう特性」をカバーするために活用されています。買い物などの日常シーンから、病院などの命の現場まであらゆる場面で使われている人類が考え出した発明品です。
航空の場でもリマインダーは各所で利用されていますが、今回はリマインダーを使い忘れてあわや大惨事となった事例の話です。
徳島空港でJAL機と車両が衝突しかけた事例の概要
2015年4月5日、徳島空港の滑走路上で車両と航空機が衝突しうる事案がありました。
日本航空のB767型機が徳島空港の滑走路29へ向けて着陸しようとしていました。管制員からも着陸許可を得て滑走路に接地するとき、JAL機のパイロットは目の前の滑走路上に車両がいることを発見。空中に逃げて車両を回避するために、急いで再浮上のためにエンジンのパワーを上げ、設置後2秒で機体は再浮揚を開始し、車両との衝突を回避しました。
JAL機が車両上空を通過した際は車両との垂直距離はおよそ12m(4階建ての建物の高さ)だったと推定されています。
なぜ着陸許可が出ている滑走路に車両がいたのか
滑走路は飛行機の離着陸が行われるための場所ですが、作業車両が滑走路で作業することは珍しいことではありません。滑走路は道路と同じでメンテナンスや補修、電気系統の整備が必要だからです。しかしそれは滑走路を利用する航空機がいないことが条件になります。
ひとつの航空機の離着陸で滑走路が使用されているときは、他の航空機や車両は滑走路に進入することはできません。管制がそれを許しませんから。
今回の事例では、ボイスレコーダーに管制員がJAL機に着陸許可を出した記録が確かに残っていました。
管制員は作業車両にも滑走路内での作業を許可していた
記録では、JAL機に着陸許可を出す10分前、地上の電気保守作業車両から管制塔へ滑走路への進入の要求があり、管制員はこれを許可していました。このとき管制塔内はたった1人の管制員しかおらず、この管制員が航空機と車両との無線交信を担当していました。
作業車両とJAL機が同時に滑走路を使用している異常な状態になった
管制員がJAL機に着陸許可を出した瞬間に滑走路は、作業車両とJAL機が同時に使用許可を持っている異常状態になっていました。ただ両者にはまだ接近するまでに5分間の猶予があったため、管制員がその間に自分が出した重複している許可に気づいて取り消しをするチャンスはありましたが、結局、JAL機が車両に接近するまで気づくことができませんでした。
人は「忘れる」という特性を持つ
管制員が作業車両が滑走路上にいるにもかかわらず、JAL機に滑走路への着陸許可をだしてしまったのは、人間が持つ「忘れる」という特性のためでした。
これだけ聞くと、
- 😡「忘れるなんてありえない!!(怒)」
- 😤「緊張感が足りないからだ!」
- 😠「人の命がかかっているんだぞ!」
そんな言葉が出てきそうですが、これは根性論で解決できるような簡単な話ではないんです。
飛行機の離着陸の許可は1日に何十、何百回と発出され、それを何日も何ヶ月も何十年も繰り返します。日本で最も離着陸回数が多い羽田空港では1日に1,300回を超える離着陸の許可が飛び交います。
飛行機の離着陸は大仰な作業に見えますが、これだけ多くの回数を毎日繰り返せば、どんなに優秀な人間でも間違いの一つや二つ起きるのは想像に難くありません。しかしそれでも航空業界では、人命に関わる間違いが起きてはいけないため、「忘れる」などの人間特性を考慮した仕組み作りが必要になります。
滑走路の状態に関するリマインダー
今回の事例を防ぐための仕組みは、実はすでに徳島管制塔内に作られていました。しかし今回それが利用されていなかったことも事案発生の原因の一つとされています。
下の写真は徳島飛行場管制所内にある風向風速計の写真ですが、右の写真の赤丸にある標識が滑走路への間違えた許可を出さないためのリマインダーです。
標識には、「RWY CLSD」と書かれており、Runway Closed(滑走路閉鎖)を意味します。おそらくマグネットのようなもので繰り返し剥がしたり、貼り付けたりできるようになっており、これで滑走路が使えない状態のときに風向風速計を読み取れないように隠すために使います。
なぜ風向風速計を隠すと間違いが起きないのか
風向風速計を隠すことがリマインダーとして機能するのは、離陸許可・着陸許可を出す時に必ず風向風速計の値を読み上げる必要があるためです。
離陸許可と着陸許可は定型文が決められております。
- 離陸許可 Wind ◯◯◯ at ◯◯ kt, Runway◯◯, Cleared for Take-off.
- 着陸許可 Runway◯◯, Cleared to land, Wind ◯◯◯ at ◯◯kt.
管制の発出するすべての離着陸の許可はこの定型文によって発出され、これ以外の曖昧な言葉は一切使われません。離陸許可と着陸許可は管制が出す言葉の中で最も重要でシビアな言葉です。滑走路上は高速の飛行機と停止状態の飛行機が同じ空間を共有する危険な場所です。パイロットと管制の間で言葉の認識に違いがあると即、事故につながってしまうのです。
さて、上の離陸許可と着陸許可を見るとわかりますが、どちらにも必ず、「Wind ◯◯◯ at ◯◯ kt」という言葉が入っていることに気づきます。これは「風が◯◯◯度の方角から〇〇ノットの強さで吹いている」ことを意味します。飛行機にとって滑走路上の風の情報は重要ですからね。
管制官は離陸・着陸許可の定型文を発する時に風向風速計を必ず見る必要があるため、もし間違えて許可を発出しかけてもリマインダーとして風向風速計を隠していれば、滑走路が使用できない状態であることに気づくことができる、というわけです。
今回の件でリマインダーは使われていなかった
忘れることに備えてのリマインダーですが、今回の管制員は使用していませんでした。管制員本人からの口述によると「離着陸の予定が少ないので記憶で対応できると考えていた」と報告書に書かれています。
徳島飛行場管制所では、風向風速計へのリマインダーはルール化されているものではなく、慣例的に行われているものでした。つまりリマインダーを使うも使わないも個人の判断であり、業務として必ず実施しなければいけないものではないということです。
しかしリマインダーの有用性は今回の件で今までより注目され、再発防止策としてリマインダーの使用徹底が規定化されました。
たしかにリマインダーが有効に働いていたら防げた事案だったね。
「人は忘れる」という特性と向き合おう
今回の件で、管制員は「離着陸機が少ないから滑走路へ車両を入れたことを記憶で覚えていられる」という判断でリマインダーを使用せず、車両の存在を忘れてしまい、結果的に事故一歩手前の状況をつくってしまいました。
忘れてしまうことは人として自然なことであり、仕方のないことです。これは根性論でどうにかできるものではありません。むしろ根性論で対応しようとすると問題の本質を見失ってしまい、根本的な解決策がないまま、また同じ失敗が繰り返されてしまい危険です。
航空のような人名に関わる現場では、人の「忘れてしまう特性」を踏まえて、事故が起きない仕組みを構築することが大切です。
今回の事案後の再発防止策では、
- リマインダー使用の徹底(人は忘れてしまうから)
- 管制員の最低配置人数を定め、必ず2人以上で管制業務を行うこと(人はミスをするものだから)
- この事案に関する教育&指導を定期的に実施(基本動作の意味が形骸化していくから)
などが盛り込まれました。
人の行動特性を知り、弱点や強みを理解すると一歩進んだアクションができるはずです。
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